エピローグ
こうして、紅魔館ペット脱走事件は幕を閉じた。無事にチュパカブラは、持ち主の下へと戻ったのだ。
これに対しての霊夢と魔理沙の感想はというと……
「―――もう、全く。せっかく探していたのに、骨折り損じゃないっ。探すなら、探すって言っておいて欲しいわねっ!」
霊夢は大変、憤慨し、
「ちっくしょ~っ! 謝礼がもらえたなら、私ももう少し頑張って探しゃ良かったぜ。惜しい事したなぁ」
魔理沙はいたく、残念がっていた。
ちなみに魔理沙が言っている謝礼の事だが、後日、紅魔館のメイドからお礼の品が届くらしい。それを彼は、心を躍らせながら待っているのはちょっとした秘密だった。
華扇はそれを見てにこにこと笑みを浮かべ、彼はそんな二人を面白がって見ている。それに気づいた霊夢は、きっと睨み付ける。彼はそっぽを向いて、ごまかした。
そんな他愛もないやり取りをにやにやしながら見ていた魔理沙だったが、そういえばと、口を開いた。
「そういえば、ソイツの名前って決まったのか?」
突然の質問に、顔を見合わせる彼と華扇。言われてみれば、彼に名前はまだ付けられていなかった。
「名前もないと不便だし、呼び名ぐらいでも付けてあげたら?」
どうでも良い風に、霊夢が言う。彼女の言う通り、名前が無いのは不便だった。
彼は、澄んだ瞳で華扇を見る。
―――名前を付けてもらうなら、やはり彼女に付けてもらうべきだろう。
華扇はその視線に込められた意志をくみ取ると、霊夢と魔理沙の顏を見る。彼女達がゆっくりと頷いたのを確認すると、目を閉じた。
しばし、熟考する華扇。彼らは黙って、彼女の言葉を待った。
―――やがて、彼女はゆっくりと目を開く。
「……彼の名前は、幸福の幸で、『ゆき』」
彼女は彼の頭を、ゆっくりと撫でまわす。
「彼は、私達に幸せを運んでくれます。今回のように。そして、きっとこれからも。私達へと幸福を振舞ってくれるはずです。だから―――」
彼女は滔々、その名前の由来を話す。それに対して、誰も口は挟まない。
「だから、彼の名前は『ゆき』です」
そして最後にもう一度彼の名前を呼んだ。
「……これで良いかしら?」
彼女は少しだけ、ほんの少しだけ不安気に訊ねる。
彼はそれに、満面の笑みを浮かべながら。
「あぁ、もちろん。今日から、俺の名前は『ゆき』だよ」
彼女はその言葉に安堵したかのように、溜め息をついた。それを見て再び笑う、ゆき。その様を、霊夢と魔理沙は温かい視線で見守っている。
迷い込んだ異境の地、神秘の住まう土地。彼はここで新たな生活を手に入れた。
だが、彼の物語はまだ終わっていない。その生命が続く限り紡がれる物語なのだ。
そこで紡がれる物語は、とても不思議で愉快な物語になるはずだと、彼は確信している。
何故ならば、彼女達と過ごす毎日なのだ。退屈する毎日になるわけが無いのだから。
「皆、―――改めて、よろしくなっ!」
勢いよく、空に向かって叫ぶ。
見上げた青空には、太陽が眩しく輝いていた。